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清朝末期の光緒帝、暗殺説有力に
中国の清朝末期に即位し、37歳で亡くなった光緒帝(1871~1908)の死因が急性ヒ素中毒だったことがわかった。

中国の専門家による分析で、頭髪などから致死量を超える高濃度のヒ素が検出された。

死因をめぐっては、実権を握っていた伯母の西太后との確執が取りざたされ、病弱説などもあったが、毒殺された疑いが濃厚になった。

上海の現地紙「新民晩報」などによると、03年から始まった国の清史編纂プロジェクトの一環で、中国原子力科学研究院などの専門家チームが光緒帝の遺体の頭髪をエックス線を使う分析法などで鑑定した。

頭髪を1センチ単位に切断し、断片ごとのヒ素濃度を測定した。同じ墓に埋葬された皇后の頭髪より最大で260倍の高濃度ヒ素が検出された。残留状況などから、短期間に致死量を上回る分量を摂取したと断定した。

光緒帝は、母の姉にあたる西太后に擁立されて3歳で即位。その後、国の近代化を図ろうと改革を進めたが、西太后と対立して監禁され、突然死した。病弱だったとする説もあるが、光緒帝の死の翌日に西太后が病死するなど不自然な点も多く、光緒帝の復権を阻止しようとした西太后や当時の軍の実力者で、中華民国大総統になる袁世凱などによる暗殺説が根強かった。

今回の調査で死因は特定されたものの、首謀者がだれかはわかっていない。
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【2008/11/04 00:00】 | 中国・朝鮮半島 |
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